大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6307号 判決 1977年3月25日

原告 エムエス企画株式会社

右代表者代表取締役 佐藤正樹

右訴訟代理人弁護士 金野一秀

被告 甲野一郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告

被告は原告に対し金一二〇万円の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文第一、二項同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、昭和五〇年六月三日甲野花子に対し、金一二〇万円を弁済期翌五一年六月末日の約定で貸し付けた。

2(1)  原告は、前同日、被告との間において、被告が甲野花子の原告に対する右貸金債務を連帯保証する旨の契約を締結した。

(2) 仮りにそうでないとしても、被告の代理人である花子が原告との間において前記連帯保証契約を締結した。

(3) 仮りに花子が代理権限を有しなかったとしても、被告は、昭和五〇年五月三一日頃花子に対し、花子が原告会社に入社するについて被告がその身元保証人となることを承諾し、花子が被告の代理人として原告会社との間で身元保証契約を締結する権限を授与した。一方原告としては、花子が被告の実印、印鑑証明及び被告所有の土地の権利証を持参し、被告には財産もあるし、被告自身連帯保証人となることを承諾しており、契約締結についての一切の権限を花子に与えている旨述べたので、これを信じて連帯保証契約を締結したのである。従って、被告は、民法第一一〇条の表見代理の法理により、原告に対して責任を負うべきである。

二  被告の答弁

請求の原因2(3)の事実のうち、被告が花子に対し原告主張の身元保証契約締結の権限を授与したこと及び同人に被告の実印を交付したことがあることは認めるが、その余の請求原因事実はすべて否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、甲野花子は、被告の実妹であるが、昭和五〇年五月末頃原告会社の経営するクラブのホステスとして原告会社に雇傭された。そうして、その後二、三日たってから、マネージャーを通じ、借金の返済にあてるため必要であるとして、金借方を原告会社に申し入れた。そこで、原告会社代表者としてもこれを承諾し、保証人が必要であるとして、借用証書用紙を花子に渡して、保証人の署名押印を得た上で、その印鑑証明をも持参するようにと伝えた。そこで、花子は、当時別に母と同居していた被告方を訪れ、クラブに勤めるについて被告に身元保証人になって貰いたいこと、それについては被告の印鑑証明も必要であることを申し入れた。そうして、被告も身元保証については花子の申入れを承諾し、そのために必要なものとして実印を母を通じ花子に交付した。花子は、右実印により印鑑証明の交付を受けるとともに、実印及び印鑑証明並びに花子が被告方から無断で持ち出した被告所有土地の権利証を原告会社に持参して、請求の原因2(3)記載のように被告から保証契約締結の代理権を付与されている旨詐って、金一二〇万円を借り受け、被告の代理人として本件連帯保証契約を締結したものであった(被告が花子に身元保証契約締結についての権限を授権したこと及び同女に実印を交付したことは、当事者間に争がない。)。以上のとおりの事実を認めることができる。

二  そうして、右認定の事実によれば、被告は、自ら本件連帯保証契約を締結したことがないことはもちろん、花子にこの点についての代理権限を付与したこともないことは、明らかであるから、原告の請求の原因2(1)及び(2)の主張は、いずれもその理由がない。そこで、次に原告の表見代理の主張について考えるに、被告が花子に対し、被告を代理して身元保証契約を締結する権限を与えたことは、前記のとおり当事者間に争がなく、また、花子が被告の実印、印鑑証明及び登記済権利証を所持していたこと等から、原告会社代表者が花子に代理権ありと信じたこともまた、前記認定のとおりであって、原告会社代表者がそのように信じた点については、一応無理からぬ事情があったといえないことはない。しかしながら、原告会社は、花子をクラブのホステスという比較的安定性のない職業に従事する者として雇い入れたものであり、貸金の用途も他からの借入金の返済にあてるということであったのであるから、そのほかにも相当額の借入金債務があり得ることも予想できたというべきである。従って、このような場合には、原告会社側としては、直接被告に真実連帯保証の意思があるかどうかを確かめる方策を講ずるのが相当と考えられ、現に原告会社代表者も、マネージャーに直接会って確かめるよう指示した旨供述しているのである。しかしながら、右本人訊問の結果によっても、被告に直接この点が確かめられたような事実を認めるには足らず、かえって、被告本人訊問の結果によれば、けっきょくそのような確認はされなかったものと認められる。従って、原告にはこの点に過失があり、代理権ありと信ずべき正当の理由はないものというほかない。よって、原告の表見代理の主張もまた、採用できない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、その理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田耕三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例